chee(ちー)ってこんな人
こんにちは。はじめまして。
chee(ちー)と言います。
40代、会社員、シングルマザーで子どもは3人、ねこは3匹。
特技は、チャネリングです。
訪れてくれてありがとう。あなたにお会いできて嬉しいです。
地球での経験は、あんなこともこんなことも全部が宝。
そう感じるようになった私の体験が、もしかしてほかの誰か。いま、苦しい状況にあるどなたかの、お役に立つこともあるんじゃないかな?
そんな気持ちで、ブログをはじめました。
これまでは時々、Amebaブログで自分の心を整えるための日記を書いてきましたが、それらを整理してわかりやすくまとめていきたいと思っています。
そしていつか、私がこの世を去った時には、このWEBサイトを私の愛するこどもたちに見てほしい。母からのメッセージとして、受け取ってもらえたら良いなと思います。(まだ、当分は見せませんけどね!笑)
現在は会社員を頑張っていますが、そろそろ卒業という気がしています。
これからどうぞ、よろしくお願いいたします。
以下、自己紹介とさせていただきます。
よかったらどうぞ、読んでみてください。
■生きにくい子ども時代 みんなの当たり前が理解できない・・
物心ついたときから、周りに馴染めない居心地の悪さをずっと感じてきました。
みんなの「当たり前」の感覚がまったく理解できず、どこか浮いている子どもでした。
両親ともうまく関係が築けずに、特に母親との関係性は最悪。卑劣で性悪な子どもだと自認していました。その性悪を決して外で見せてはならないと、外では優等生を演じきりました。
わたしの中身はどろどろで真っ黒だ。自分のことが大嫌い。でもどうして良いかわからないし、平気な顔をして過ごすしかない。
ひたすらに自分を隠し、周りの人の顔色を伺いながら、求められる答えを間違えないよう、いつも必死で探してきました。
どうして「みんなの当たり前の共通認識」を、わたしだけが持っていないのか?疎外感に苦しみました。
漫画や本を読みふけっているとき。
絵を描いているとき。
土や木や草や動物、自然に触れながら遊んでいるとき。
それだけが、わたしの心安らぐ大事な時間でした。
■自己肯定感がまったく育たないまま、結婚そして出産
結婚という制度の概念がよく理解できず、結婚願望なんてまるでなかった私。
ところが、子どもの頃から自己否定を続けてきて、自己肯定感が育たない私には
他人から求められること。自分にも役に立てることがあること。それがとにかく嬉しくて、大きな価値があるような気がしてしまいました。いわゆる、共依存状態です。
自分のためにより素敵な男性を選ぼう、なんていう発想が全くなかったことに、後になって気づきました。(自己肯定感、ほんとうに大事!)
子どもを生み育てるなんていうことも、想像すらできませんでした。
子どもは嫌いだ。嫌いなのに、なぜか好かれる。いつも対処に困ってしまうから、本当に苦手だ。
そう思っていたけれど。。。
実際に我が子がお腹に宿ったとき。この先の人生に対する不安と、大きな喜びが心のなかで大爆発。産婦人科から帰る車の中で、ハンドルを握りながらうわーー!!!!と、大声で泣き叫びました。
子供の頃にも、あんなに泣き叫んだ記憶はありません。
まだ見ぬ子どもに、お腹の中の命に、愛が。愛おしさが爆発して、どうしたら良いのかわからず、ただただ混乱したという、初めての体験です。
子どもたちは、私を選んで生まれてきてくれました。
もうそれだけで、わたしには充分です!
■貧乏、嘘、裏切り・・・ これでもか!という程の、家系のカルマ
婚家では、「家系のカルマ」というものを体験させてもらいました。
どんなに耐えても、どんなに頑張っても、次から次へと事件が起こります。友だちにも、両親にも聞かせられないお金が絡んだ醜いいさかいに、騙し合い・・。
例えいさかいが起こらないとしても、もう不思議というか、面白いくらいに、お金が残らないのです。当時のわたしには意味がわからない。
自分を試されるような出来事がたくさん起こりました。
その渦中での、気持ちの重さや不安定さ。怒り、悲しみ、憤りをずっと抱えながら耐えていたある日、ふと、俯瞰の視点で見えました。
「これは、異常だな?目に見えない《原因》があるな?」と・・
思ったとおり、霊能者、カウンセラー、複数の人から、家系のカルマについて指摘を受けましたが、その中のひとりから、驚くことを言われました。
「これは、あなたにとってのギフトですよ」
すぐには受け入れられない言葉だった。
こんなに苦しんでいるのに、ギフトだなんて・・・冗談でしょう???
それから私は、内観を進めていきました。
自分を見つめ、自分の中にある「当たり前」や、固定観念。そういったものすべてをひとつずつ、自分の真実に照らし合わせていきました。
「わたしは本来、どういう生き方をしたかったのか?」
「どういう在り方が、自分にとっての幸せなのか?」
善悪のジャッジ、振りかざす正義感、自分の中にあるそういったものを手放したときに、素直に感じることができる自分に生まれ変わっていました。
現実に起きていること。
これはただの現象にすぎない。
わたしは選ぶことができる。
現実に飲み込まれて、苦しみながら日々を送るのか。
または、わたしが今ここから、現実を創る生き方をしていくのか。
■離婚、そして両親との死別
13年の結婚生活にピリオドを打つと決心し、両親に初めて話をしました。両親は、小さな子どもを3人抱えている私を心配して、できる限りの手助けをと考えてくれていたようです。
そんな中、父が突然亡くなりました。わたしの誕生日の朝の出来事でした。翌年には調停を経て離婚を成立させましたが、その直後、母に進行性の悪性腫瘍が見つかりました。およそ1年半の同居生活を経て、母ともお別れすることになりました。
あまりにも色々ありすぎて、この頃の記憶は曖昧になってしまっています。死と向き合うことは、わたしにはあまり経験がなく、精神的にはとても辛く厳しい日々でした。しかしそれ以上に、素晴らしい体験もさせていただきました。
父とはお別れする半年ほど前から、お互いに人生についての深い話をしてきていました。これまで聞いたことのない話もたくさん、父から聞くことができました。自分の死後はこうしてほしい、という話も・・。
そしてお別れの数日前には、「お父さん、いろいろと、本当にありがとう」と・・。しっかりと頭を下げて、心からの気持ちを伝えていました。まさかお別れになるとは、思いもしなかったけれど・・。
また、子どもの頃から険悪だった母との関係性。1年半の同居生活の中ですっかり、親子関係のやり直しをさせてもらいました。
言いたいことを言い合うという、子どもの頃の私が望んで止まなかった「普通の親子」のように、小さな喧嘩をしたり、甘えを満たしてもらう経験をして胸がいっぱいになったり・・・。
私が親に対して猛烈な怒りを抱いていたその下には、「お母さん大好き」という《愛》しかありませんでした。
愛しているから、愛されたくて、こじらせちゃった。
ただ、それだけのこと。
お別れの時までに、両親との関係性での学びはすっかり、終えていました。私には、目に見えないガイドの導きと深い愛を思わずにはいられません。
■スピリチュアルな視点で現実を生きる、新たなステージへ
この5年間で、友人の霊的覚醒から、いろいろな体験を経てセラピストになる過程を見させていただきました。会社員の私に一体何ができるのか。わからないまでも、その時の直感を大切に、必要だと思うことは全力で行ってきました。
人がどんどん目覚めていく、その道のりは大変に興味深いものでした。
その人のガイド、ご縁のある神仏などのサポートや愛が、とにかく大きくて深いのです。そして、決して諦めない。
友人(人間)のエゴがどんなに抵抗しても、足を止めても、ただただ、愛で見ていてくれる。時には背中も押してくれる。
人はそんなふうに、目に見えない応援団の全力サポートを受けながら生きていることを実感しました。
そして、私もそこに関わらせてもらったことに、感謝、感動です。
例えば神と人では、波長が違いすぎるから。
神と呼ばれる高次の存在が、どんなにその人をサポートしていても。
その人が魂の視点を取り戻すまでの間は、そのエネルギーやメッセージを直接受け取ることは難しいのだなと。
人である第三者を介するからこそ、人の波長を通すからこそ、受け取れるものがあるんだということを学ばせていただきました。
ここに、私の喜びがありました。
このブログを通しても、きっと何かしら、伝えられるものがある。
人と、人をサポートする非物質の存在を繋ぐお手伝いが、きっとできる。
そう感じています。
長い自己紹介になりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
これからどうぞ、よろしくお願いします!
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